西ヨーロッパ社会の成立

カール大帝

 

カール大帝・・・大陸のゲルマン語諸族を統合→被征服民をローマ=カトリックに改宗

アヴァール人・イスラーム勢力を撃退⇒西ヨーロッパの主要部分を統一

集権的支配のため全国を州に分け、その長である伯に地方の有力豪族を任命、巡察使を派遣して監察

→ビザンツ帝国に並ぶ大国に

ローマ教皇レオ3世・・・ビザンツ帝国に比肩する政治的庇護者のカール大帝に「ローマ皇帝」を戴冠、「西ローマ帝国」復活

→西ヨーロッパの独立、西ヨーロッパ中世世界の誕生

 

キリスト教世界はローマ=カトリック教会(教皇が首長)とギリシア正教会(ビザンツ皇帝が首長)に完全分裂

 

分裂するフランク王国

 

カール大帝の死後、帝国は内紛状態に→ヴェルダン条約・メルセン条約で帝国は3分

東フランク王国・・・諸侯が有力。オットー1世がマジャール人やスラヴ人を討伐、北イタリア制圧

→ローマ教皇より「ローマ皇帝」を加冠⇒神聖ローマ帝国の始まり

西フランク王国・・・カロリング家が断絶し、ユーグ=カペーがカペー朝を開く

初期は封建諸侯が自立化していた

イタリア・・・カロリング家が断絶→神聖ローマ帝国の介入、イスラーム勢力の侵入→都市が独立へ

 

外部勢力の侵入とヨーロッパ世界

 

8Cから10Cの間、西ヨーロッパには絶えず外部勢力が侵攻

 

スラヴ人・・・東方よりフランク王国を脅かす

イスラーム勢力・・・南イタリア・南フランスに侵攻

アヴァール人・マジャール人・・・東方より侵攻

 

ノルマン人・・・北ゲルマン人。商業・海賊・略奪を目的にヨーロッパ各地に海上遠征(ヴァイキング)

ロロが北フランスに上陸→ノルマンディー公国

南イタリアとシチリア島に侵入→両シチリア王国

アングロ=サクソン王国にも侵入→アルフレッド大王が撃退もクヌートに征服

→ノルマンディー公ウィリアムが王位継承権を主張→征服後ノルマン朝を樹立

リューリクがスラヴ人地域に進出→ノヴゴロド公国、キエフ公国

ノルマン原住地のキリスト教化により、ノルマン人移動は終結

 

封建社会の成立

 

民族大移動により西ヨーロッパの商業・都市は衰退→農業経済に依存

外部勢力の侵攻により、弱者は身近な強者に保護を求める→封建社会の成立

 

封建的主従関係・・・ローマの恩貸地制度とゲルマンの従事制を起源とする、封建社会の階層組織

主君が家臣に封土(領地)を与えて保護

家臣は主君に軍事的奉仕の義務

主君・家臣両方とも契約遵守義務(総務的契約)

主君は家臣を騎士として従え、国王に並ぶ権力

 

荘園・・・領主の所有地。農民(農奴)を支配する封建社会の経済基盤

農民は賦役(領主直営地での労働義務)と貢納(農民保有地の生産物を納める)の義務を負う

荘園内は現物経済が支配的

不輸不入権(国王の役人の立入拒否権)

 

教会の権威

 

ローマ=カトリック教会は西ヨーロッパ世界における普遍的権威、階層制組織も構築

その大司教・修道院長は大領主でもあった→農民より十分の一税を徴税→勢力拡大により教会の世俗化(聖職売買など)

 

クリュニー修道院・・・信仰と勤労を戒律とする改革運動を起こす

→教皇グレゴリウス7世が支持、聖職叙任権を取り戻そうとする→神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が反発、叙任権闘争へ

→教皇が皇帝を破門、皇帝は教皇に許しを請う(カノッサの屈辱)→インノケンティウス3世時、教皇権が絶頂