東ヨーロッパ社会の成立

ビザンツ帝国の繁栄と衰亡

 

西ヨーロッパ・・・カール大帝により1つの世界として自立

ゲルマン大移動で商業と貨幣経済に打撃

皇帝(政治)と教皇(宗教)の二大権力が並立

ビザンツ帝国・・・ギリシア正教とギリシア古典文化を融合した独自文化を形成

ゲルマン大移動でも商業と貨幣経済は順調。貿易都市コンスタンティノープル

ビザンツ皇帝はギリシア正教会の首長でもあり、政治・宗教両面における最高権力者

 

西ローマ帝国滅亡後、ビザンツ皇帝は唯一のローマ帝国後継者

ユスティニアヌス帝・・・一時期地中海全域の勢力回復に努める

『ローマ法大全』編纂、セント=ソフィア聖堂建立

中国より養蚕技術導入、絹織物産業発展の基礎

 

彼の死後、領土は縮小する

・イタリア→ランゴバルド王国・フランク王国に奪われる

・シリア・エジプト→ササン朝・ムスリムに奪われる

・バルカン半島→スラヴ人の大量移住

・ブルガリア→ブルガール人がブルガリア帝国建国

・13C前半、第4回十字軍によってコンスタンティノープル占領→ラテン帝国建国

 

1453年、オスマン=トルコ帝国によって滅亡

 

ビザンツ帝国の社会と文化

 

コロヌスを使った大土地所有制度→軍管区制(農民に土地を貸与、農民は兵役義務)→再び大土地所有制度に

→ビザンツ皇帝は軍事力強化のためプロノイア制(軍役奉仕と交換に貴族に領地を与える)導入

 

ビザンツ文化・・・ギリシア正教の規制が強いため、思想・学問の独創性はない

キリシア古典文化とギリシア正教の融合⇔ラテン的なローマ=カトリック世界

 

・ギリシア語が公用語→ギリシア古典の研究・継承

・聖像崇拝論争が盛ん(ビザンツ皇帝による聖像禁止令など)

・ビザンツ様式建築・・・丸屋根、モザイクの壁画が特徴(セント=ソフィア聖堂・サン・ヴィターレ聖堂など)

・イコン美術(聖母子像など)

⇒イタリア=ルネサンスに影響

 

スラヴ人と周辺諸民族の自立

 

民族大移動後、スラヴ人はビザンツ帝国北部に居住→自立・建国の道へ

・東スラヴ人・・・ノヴゴロド公国・キエフ公国のノルマン人と同化→スラヴ化へ

ウラディミル1世はギリシア正教に改宗、農民の農奴化・貴族の大土地所有で国内分裂

→モンゴル人が南ロシアにキプチャク=ハン国建国、キエフ大公以下服従

15Cにモスクワ大公国が勢力を伸ばす、イヴァン3世が東・北ロシアを統一→モンゴル支配からの脱却

ツァーリ(皇帝)の称号、農奴制の強化→イヴァン4世時の中央集権化へ

・南スラヴ人・・・セルビア人は当初ビザンツ帝国に服従→独立、バルカン半島北部の強国へ

クロアティア人・スロヴェニア人はローマ=カトリックを受容

→オスマン=トルコ帝国による支配

・西スラヴ人・・・ローマ=カトリックに改宗

ポーランド人は14Cに繁栄

リトアニア人はポーランドと合体して14Cにヤゲヴォ朝樹立→ポーランド分割で消滅

チェック人はベーメン王国樹立→神聖ローマ帝国に編入

 

・ブルガール人・・・トルコ系。建国の後ビザンツ帝国に合併→独立もビザンツ帝国に再併合→オスマン=トルコ帝国に併合

・マジャール人・・・アジア系。ハンガリー王国建国、ローマ=カトリックを受容→オスマン=トルコ帝国に併合